2025年秋ドラマ『良いこと悪いこと』(日テレ系)は、間宮祥太朗さんと新木優子さんのW主演で話題を集める“考察型ミステリー”。
同窓会で掘り起こされたタイムカプセルの中から見つかった卒業アルバム(卒アル)には、6人の顔が黒く塗りつぶされており、そこからすべての事件が始まります。
物語の中で繰り返し登場する「黒塗り」「夢の絵」「7人目」という謎。
これらは単なる演出ではなく、“記憶と罪”“赦しと忘却”をめぐるメッセージを秘めているようにも見えます。
この記事では、SNSやネット上で話題となっている、ドラマ『良いこと悪いこと』の卒アル画像の謎と7人目の正体について、複数の説をもとに丁寧に考察していきます(※最終回未放送時点)。
この記事でわかること
- 卒アルに描かれた「黒塗り6人」の意味と共通点
- “7人目=博士”と噂される人物に関する複数の説
- 「夢の絵」「森のくまさん替え歌」に隠された伏線
- 担任・大谷先生と卒アルをめぐる不可解な関係
- 作品全体が描く「善悪の曖昧さ」と“赦し”のテーマ
ドラマ「良いこと悪いこと」卒アルの基本設定と黒塗り6人の意味
ドラマ「良いこと悪いこと」に卒アルが初めて登場したのは第1話。
同窓会で掘り起こされたタイムカプセルの中から見つかった一冊で、小学校時代のクラス写真のうち6人の顔が黒く塗りつぶされていたのが印象的でした。
この黒塗りの卒アルは、物語全体の“導火線”ともいえる重要なアイテム。
それぞれの黒塗りの人物が、後の連続不審死とリンクしている点が明らかになりつつあります。
卒アルが登場するシーンとドラマでの位置づけ
第1話のタイムカプセル発掘シーンでは、主人公のキング(間宮祥太朗さん)とどの子(新木優子さん)が再会し、過去のいじめの記憶が少しずつ浮かび上がります。
卒アルの黒塗り部分は、ただの“イタズラ”ではなく、封印された過去や罪の象徴として描かれているようにも見えます。
黒く塗られた顔たちは「何かを隠したい人々の記憶」そのもの。
黒塗りされた6人は誰?共通点と事件との関係
黒塗りの対象となっているのは、キング・ターボー・ちょんまげ・カンタロー・ニコちゃん・貧ちゃんの6人。
全員が、どの子(新木優子さん)をいじめていた過去を持っています。
興味深いのは、この6人が次々と事件に巻き込まれていくこと。
まるで卒アルが“順番を示す地図”のようにも見えます。
ネット上では「卒アル=犯行設計図」という説もあり、その順番が替え歌『森のくまさん』の歌詞とリンクしているという指摘もあります。
「夢の絵」との関連性と黒塗りの象徴的意味
卒アルは「みんなの夢」と題された絵とセットで埋められていました。
この「夢の絵」には、生徒たちが小学生当時に描いた将来の夢が描かれており、黒塗りされた6人の絵にも、どこか不自然な塗り重ねが確認できます。
視聴者の間では、黒塗り部分の下に“もうひとつの絵”や“人物”が隠れているのでは?という説も浮上しています。
つまり、黒塗りは単なる“隠蔽”ではなく、誰かを消そうとする意志の表れ。
それが「7人目」や「博士」につながる伏線ではないかという見方もあります。
ドラマ「良いこと悪いこと」卒アル画像の7人目とは誰なのか
物語のなかでもっとも多くの議論を呼んでいるのが、卒アルに“存在しないはずの7人目”の存在です。
黒塗りの6人が順に事件に巻き込まれる一方で、集合写真をよく見ると、ターボーの隣に“もう一人”映っているようにも見える──。
SNSではこの人物が「7人目」「博士」と呼ばれ、さまざまな説が飛び交っています。
博士=堀遼太説の根拠とネット考察まとめ
もっとも注目を集めているのが、「博士」というハンドルネームを名乗る人物の正体が、小学校時代に“昆虫博士”を夢見ていた堀遼太ではないか、という説です。
5話では、ちょんまげがネット掲示板で“博士”と呼ばれる人物と接触する場面が登場。
そこには「ちょんまげだけが、あの7人組の中で覚えていてくれた」という印象的なセリフがありました。
この言葉から、博士がかつて同じクラスにいた生徒──つまり卒アルに“いない7人目”だった可能性が浮上しています。
さらに、「夢の絵」で“昆虫博士”を描いた生徒が堀遼太だったという描写もあり、視聴者の間では「博士=堀遼太」説が急速に広まりました。
ただし、作中で明確に顔が映っていないため、確定とは言えません。
それでも、“夢”と“博士”というモチーフの重なりは、偶然とは思えないところです。
今國(イマクニ)=博士説とポケモン伏線の真相
一方で、「博士=今國かずなり(戸塚純貴さん)」説も根強くあります。
理由のひとつは、バーのマスターである今國が、SNSで話題になったポケモン関連の小ネタを披露している点。
ポケモンといえば“オーキド博士”。
この「博士」という呼称が、作中の“博士”と重なるのではないかと注目されています。
さらに、ファンの間では「オーキ(大木)+ドの子=オーキド博士」という言葉遊びのような暗示も発見されています。
もし制作側が遊び心で仕込んでいるとすれば、今國=博士という伏線が巧妙に散りばめられている可能性もありそうです。
ただ、ちょんまげが今國に直接会っても“博士”だと気づかない点や、今國自身が何かを知っていそうな“意味深な沈黙”を見せる点も、真相を曖昧にしています。
単なるバーのマスターではなく、“知ってはいけない何か”を握っている存在かもしれません。
転校生・岡本説や女性説など、他の有力仮説も整理
また、「7人目=転校した岡本くん」説も浮上しています。
第1話の黒板に“岡本”という名前が一瞬映っていたことや、クラスの机が30個あるのに卒アルには29人しか写っていない点が根拠です。
この“いなくなった1人”こそが、博士と呼ばれた生徒ではないか、という見方です。
さらに一部の考察では、7人目が実は女性である可能性も指摘されています。
掲示板で博士が「ちょんまげだけが覚えていてくれた」と言っていたこと、そして“どの子”ではなく“ドの子”という字幕の表記。
この“ドの子”が女性名の暗示ではないか、という推測もあり、同僚・東雲晴香(深川麻衣さん)を“7人目”とする説も浮上しています。
つまり、“博士=男性説”と“博士=女性説”が拮抗している状態。
制作側があえて視聴者に推理させている構図とも言えそうです。
7人目が誰なのか──。
それはまだ確定していませんが、卒アルの空白や“博士”という匿名性が、「忘れられた存在」「記憶の外に追いやられた誰か」を象徴しているようにも見えます。
物語が進むにつれて、“博士”という名前そのものが過去の罪や後悔を映し出す“鏡”になっていくのかもしれません。
ドラマ「良いこと悪いこと」卒アル画像の人数・机数・夢の絵に隠された暗号とは
ドラマ『良いこと悪いこと』の卒アルシーンを細かく見ると、どこか“違和感”を感じた視聴者は多いかもしれません
それは、ただのノスタルジーではなく、明確に計算された違和感のようにも思えるからです。
29人vs30人の謎と「いなくなった子」の意味
まず注目されているのが、教室の机が“30個”あるのに対し、卒アルに写っている生徒は“29人”しかいないという点です。
SNSでは「転校生がいた」「撮影の日に欠席していた」「もともと除外された子がいた」など、さまざまな説が挙げられていますが、この“1人足りない構図”は偶然ではないと感じる人が多いようです。
一部の考察では、「良いこと悪いこと」というタイトルがちょうど30画で構成されており、卒アルの人数(29)と合わせると“1人欠けている=1画足りない”という符号があるとも言われています。
つまり、“1人足りない”という状況自体が伏線。
消えた1人=7人目(博士)を暗示している可能性もありそうです。
「森のくまさん」替え歌と殺害順の関係
第2話以降、視聴者の間で話題になっているのが、作中に何度か登場する「森のくまさん」の替え歌です。
この歌が流れるシーンでは、ちょうど黒塗りのメンバーが順番に不審死を遂げている構成になっています。
そのためネット上では、「替え歌の歌詞=犯行の順番」説が浮上しました。
歌の“出会い〜逃げる〜追いかける〜助ける”という流れが、まるで過去のいじめの構図をなぞるようにも見えるのです。
黒塗りの配置が卒アルの中で“円形”になっていることから、それが円環的な復讐を示している、という指摘も。
このように、単なる童謡の引用に見えて、“子どもの遊び”をモチーフにした恐怖演出が、作品全体のトーンを不気味に支えています。
タイトルロゴと夢の反転が示す“復讐の構造”
さらに印象的なのが、タイトルロゴのデザイン。
「良いこと悪いこと」の中で、“良い”と“悪い”の文字が微妙に傾いており、よく見ると「こ」と「い」の向きがわずかに反転しています。
このデザインミスのようなズレが、実は“善悪の反転”を象徴しているのでは?という考察も多く、卒アルで塗りつぶされた“悪い子たち”が、実は被害者なのかもしれない、という見方も出ています。
また、「夢の絵」も同様に、明るい未来を描いたはずの紙の上に、黒い絵の具が重ねられている。
それは“夢が悪夢に変わる瞬間”を暗示しているのかもしれません。
つまり、卒アルも夢の絵も、「記憶」「罪」「赦し」といったテーマをビジュアルで表現するための暗号的モチーフとして機能しているように見えます。
卒アルに写らなかった1人、黒塗りされた6人、そして“夢の絵”に残された影──。
それらがすべて重なり合う時、物語の本当の構造が見えてくるのかもしれません。
ドラマ「良いこと悪いこと」担任・大谷先生と卒アルの関係性を考察
タイムカプセルのカギを握っていた人物のひとりが、当時の担任・大谷先生(赤間麻里子さん)です。
第5話ではキングたちが先生のもとを訪ね、卒アルや“夢の絵”について質問する場面が描かれました。
しかし先生はどこか歯切れの悪い態度を見せ、何かを隠しているようにも見えました。
この“沈黙”こそが、視聴者の考察をかき立てています。
先生が黒塗りをした可能性とその理由
まず注目されているのが、黒塗りをしたのが先生本人ではないかという説。
当時の卒アル制作に関わっていたのが教師である以上、先生が意図的に“黒く塗った”可能性はゼロではありません
「いじめの加害グループを消そうとした」「自分の罪を隠すために加工した」など、複数の仮説が考えられます。
特に第3話で語られた「先生は、いじめを知っていたのに何も言わなかった」というエピソード。
この沈黙が“共犯関係”を意味しているのか、あるいは“守るための沈黙”だったのかによって、物語の印象は大きく変わります。
もし先生が自ら黒塗りをしたのだとすれば、それは罪を消すためではなく、記憶を封印するためだったのかもしれません。
「こういう時は大人がいない方がいい」発言の意味
タイムカプセルを掘り起こすシーンで、先生が言い放った「こういう時は大人がいない方がいい」というセリフ。
この一言に、どこか不自然な含みを感じた人も多かったようです。
普通であれば、教師が同窓会をサポートするのは自然な流れ。
しかし彼女は一歩引いて、まるで“見届けたくない過去”を避けるようにしていました。
このセリフを、“大人=加害者側”という象徴的な意味で捉える考察もあります。
つまり、「過去の出来事を知っている者ほど、立ち会うべきではない」という自己防衛。
もしそうなら、先生は単なる傍観者ではなく、事件の核心を知る“沈黙の証人”だった可能性も否定できません。
担任と博士・今國の過去に隠された繋がり
一部の視聴者は、先生が“博士”と呼ばれる人物を昔から知っていたのではないかと指摘しています。
第5話での会話の中に、先生が「博士って名前、どこかで聞いた気がする…」と意味深につぶやくシーンがありました。
これが単なる偶然なのか、あるいは昔の教え子を指しているのかは不明ですが、“記憶の奥に押し込めた名前”のような響きがありました。
また、今國(イマクニ)と先生の関係にも一部で注目が集まっています。
劇中では明確な接点は描かれていませんが、今國がバーで語った「先生って、優しかったけど…優しすぎた」というセリフが、どこか含みを持っています。
もしかすると先生は、過去のいじめを止められなかったことを後悔し、その“贖罪”としてタイムカプセルを埋めたのかもしれません。
そして卒アルを黒く塗ったのは、子どもたちの罪を自分が背負うためだったという可能性も。
卒アルにまつわる“沈黙”と“黒塗り”。
その両方を知る唯一の大人が、先生であるという点はこの物語を読み解く上で欠かせない要素です。
ただ、彼女の行動は「隠蔽」とも「保護」とも取れる。
善悪のあいまいさが、このドラマのタイトルそのものを体現しているようにも感じられます。
ドラマ「良いこと悪いこと」卒アル画像が示す真のテーマとは
ドラマ『良いこと悪いこと』に登場する卒アルは、単なる小道具ではなく、過去と現在をつなぐ象徴的なモチーフです。
黒く塗りつぶされた顔、夢の絵、タイムカプセル──
それぞれが「記憶の断片」として機能し、登場人物たちの心の奥を映し出しています。
この作品が伝えようとしているのは、“悪いことをした人間”を罰する物語ではなく、「悪いことを忘れたい人間」と「忘れられなかった人間」のすれ違いなのかもしれません。
いじめ・記憶・赦しの三重構造を読み解く
卒アルに描かれている黒塗りは、過去のいじめを“消したい記憶”として処理する行為にも見えます。
しかし、消そうとすればするほど、その記憶はより鮮明に“形”を持って浮かび上がってくる。
この構図は、加害者・被害者という単純な二項対立では語りきれません。
「いじめを見ていた者」「止められなかった者」「忘れたふりをした者」──
それぞれが自分の中に“悪いこと”を抱えている。
だからこそ、卒アルの黒塗りは単なる悪の象徴ではなく、「誰にでもある罪の記憶」を表しているようにも感じられます。
7人目が象徴する「忘れたい過去」とは
“7人目”という存在は、まさに“忘却された記憶”のメタファーです。
誰も思い出せないのに、確かにそこにいたはずの人。
集合写真に写っている“はず”なのに、どこにもいない。
この曖昧な存在感は、「人が罪を忘れようとする時、何を犠牲にしているのか」という問いを投げかけています。
博士が掲示板で語った「覚えていてくれたのは、ちょんまげだけ」という言葉。
それは、“罪を思い出してくれた唯一の人”という意味にも聞こえます。
もしかすると7人目は、誰か特定の人物ではなく、「記憶の中に葬られたもう一人の自分」なのかもしれません。
最終回への伏線と今後の展開予想
これまでの伏線を整理すると、黒塗りされた6人の死と、7人目=博士の存在、そして先生の沈黙が一本の線でつながる可能性があります。
ただ、この物語が最終的に“犯人捜し”で終わるとは限りません。
タイトルの「良いこと悪いこと」は、誰もがその両方を抱えて生きているというメッセージにも読めます。
卒アルを黒く塗った手は、もしかすると一人ではなく、それぞれの“罪悪感”が少しずつ積み重なった結果なのかもしれません。
そして、7人目が再び現れる時。その人物はきっと、“真相を暴く者”ではなく、“記憶を赦す者”として登場するのではないでしょうか。
黒塗りの卒アルは、人が自分の「悪いこと」をどう扱うかという問いそのもの。
良いことと悪いことは、いつも紙一重。
その境界線を曖昧にしながら描くこのドラマは、視聴者にも“自分の中の黒塗り”を静かに見つめさせてくれる物語です。
ドラマ「良いこと悪いこと」卒アル画像の考察まとめ
ここまで『【考察】良いこと悪いこと卒アル画像の7人目は誰?黒塗り6人と7人目の関係を深堀り!』と題してお送りしました。
ドラマ『良いこと悪いこと』の卒アルは、単なる小道具ではなく、登場人物たちの“記憶”と“罪”を象徴する存在でした。
黒く塗られた6人の顔、いなくなった7人目、そして“夢の絵”──。
それぞれが、忘れたい過去と向き合うための鏡のように描かれています。
考察のポイントをまとめると、以下の通りです。
- 卒アルの黒塗り6人は「いじめの加害者」かつ「罪を忘れたい人々」
- 7人目=博士は“記憶の外に追いやられた存在”を象徴
- タイトルや替え歌など、ビジュアル面にも“善悪の反転”の暗示
- 担任・大谷先生の沈黙が、物語全体の道徳的中心を揺さぶる
- 卒アルは「良いこと」と「悪いこと」の境界線を映すモチーフ
最終的に、誰が犯人かよりも、“誰が過去と向き合えるか”がテーマになっている印象です。
きっとこのドラマは、「悪いことをした人」を断罪する物語ではなく、「悪いことを忘れたい人」がどう生きるかを描いた物語。
卒アルの黒塗りを、視聴者それぞれの心に照らし合わせながら見届けたいですね。
